母が、家を出ていった。
寂しさと、ホッとした気持ちがあった。
もう母が壊れることはない。これで安心だ、そう思った。
強烈に寂しい。しかし、時間が経てば。
そう思っていた。
なのに、母は帰ってきてしまった。
母の気配を感じた私は、玄関のドアを勢いよく開ける。
くたびれた洋服を着ている、いつもの母が、そこにいた。
「もういい!
もう、いいよ!・・・・・・もう、いいの。」
涙が込み上げる。
なんで帰ってきたの!
嬉しい。また会えて、嬉しい!
そんな気持ちが、同時に湧きあがる。
でも、もういい。本当に、もういいの。
もう、楽になってほしい。
なのに、帰ってきてしまった。
「もういい、
もう、いいのに・・・」
泣き崩れる私を見て、
母は、今までに見たことのない穏やかさで、私に近づく。
『ねえ、私たちって、みんなに見えていないものが見えているみたい。』
『だから、しょうがないのよ。』
母が軽快に、優しく笑う。
電撃が走る。
ああ、お母さん!
やっと、分かってもらえた!
何をどうしても、この人には伝わらない。
何度も無力感に襲われた過去が、今までの苦心が。
ここにきて初めて、"報われた"。
私は、もう言葉を発することができず、
ただ、泣くことしかできない。
母は、仕方ないわね、と笑っている。
ああ、なんて、あたたかい。
きいろい光に包み込まれる。
私は、私はずっと、
誰かに私と同じ目線に立ってもらいたかったんだ。
ずっと、寂しかったんだ。
そして、その「誰か」は、できることならあなたがよかったんだ。
包み込まれて、寒かった私に気付く。
今、こんなにあたたかい。
母が、ゆっくり近づいてくる。
涙は、しばらく止まりそうにない。